鶏肋ダイジェスティブ

人生の心残りを消化して忘れるためのブログ

福島聡『バララッシュ』を読み返したこと

福島聡『バララッシュ』全3巻(エンターブレイン刊 ハルタコミックス)

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記事を半年以上書きかけのまま放っておいたのだが、いい加減精神の整理をつけなくてはならないのでむりくりにでもひねり出すことにした。

3月前半に『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』を見た後、本棚からこの漫画を引っ張り出して読み返していた。

なぜかこの漫画、「庵野秀明」を連想させる要素が妙に多い。
主人公の二人組の名前は、「山口」と「宇部」だ。庵野秀明山口県宇部市出身というのは、それこそ『シン・エヴァ』のラストで広く知られた通り。
最初に山口が宇部に見せるアニメは『風の谷のナウシカ』で、宇部が最初に興味を持つのは、庵野秀明作画の巨神兵のシーン。その後二人で封切りに見に行った映画は『王立宇宙軍』。そして山口が映画を作ろうとする際の引き合いには『エヴァンゲリオン』が出てくる。
宇部は、学生時代から天才的な作画力を持っていたアニメーターであり、特に爆発や煙といったエフェクトに異常な表現力を発揮する。だが、人間に興味がなく日常芝居を書けないという弱点があった。
山口は、自らのオリジナリティや作家性の無さを自覚しつつ演出家を志す。そして最終的には「虚構の申し子」として、”徹底的に過去のアニメからのサンプリングを行う”ことを武器にキャリアを築いていく。
この二人の特徴が、そのまま庵野秀明の作家性について向けられた言葉と同じであることは、庵野について多少知っているものであればすぐ気がつくことだろう。

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*1

なんでこのように「庵野秀明」要素が盛り込まれているか。おそらくは、アニメ製作者としての作家性を描くにあたって何らかのモデルが必要になり、それに最もしっくりきたのが、作者の年代(69年生まれ)的に最も存在感があった庵野だということなのだろう。
だが、この漫画が連載されていたのは2017年から2019年。
エヴァ』空白の期間で『シン・ゴジラ』は大ヒット。もう庵野はアニメを作らないんじゃないかという漠然とした不安感の中でこの作品を読んでいたものだから、読んでて多少居心地が悪い思いがあったというのが当時の実感だ。
この作品にとってアニメとはなにか、という隠れた基盤として庵野秀明が据えられているのに、その存在が揺らいでいるのだから。

さて時は巡って2021年。『シン・エヴァンゲリオン』は無事(?)公開された。庵野秀明はこれ以上ない仕事ぶりであの拡大しきった世界をまとめ上げ、満足感と安心感を味わった中で僕はこの漫画を引っ張り出した。
これでこの漫画の面白さが変わったのかと言うとそんなことはないのだが、この漫画の終盤に漂う不思議な満足感は、より色彩を増していたように思う。
そんな感じでこの漫画を何回も読み直していたのだ。

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*2

どんな漫画か

『バララッシュ』は、エンターブレイン刊『ハルタ』のVol.50~69、2017年12月から2019年11月にかけて連載された福島聡の漫画だ。*3
高校の同級生の山口奏と宇部了、二人がアニメ業界を志し、監督と作画監督としてアニメ映画を世に出すまでの話で、二人が17歳だった1987年から2017年までの話が描かれる。
生まれつき作画に関する天賦の才能を持つ宇部と、頭は回るがあくまで凡人である演出志望の山口。
1969年生まれの作者が目にしていた、(アニメが好きだとは同級生に言いづらい)当時のオタク事情や、アニメ制作の舞台裏の光景を見せながら主人公二人のストーリーは進んでいく。宮崎駿庵野秀明金田伊功といった(実在の)存在を意識しながら進んでいく姿は『アオイホノオ』のような作品に近い楽しさもあるし、仕事上の問題をどう解決するか、というお仕事物としてのパートもある。
1巻では学生時代、2巻では上京して就職したアニメスタジオ時代、3巻では山口が独立した演出家の時代として、それぞれ立場を変えながら、それでも精神の底で繋がっているような二人の関係性がこの話のキモで、最も美しい部分だ。

全3巻で、ちょうど映画一本を見るような感覚で見ることができる。まずこの舞台立てで興味を持った人は、こっから下の記事は別に読まなくてもいいので、漫画を読んでみてほしい。上の内容を踏まえた上で、本質的な面白さは研ぎ澄まされたネームにあるのだが、それを伝えるのはあまりに難しいので。

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*4


漫画オタクの意地の悪い見方が出てしまっているような話だが、正直に言って、1巻が出た時には「だいぶ受けを狙いに来たな」と思ったものだ。
福島聡といえば、おおむね「短編の人」「SFの人」「実験的な設定を書く人」というイメージがあった。だが、この作品はその例に入らず、かつてのアニメ業界を舞台にした青春ストーリーという商業的にわかりやすいフックがある。
オネアミスの翼』の封切り、1987年がTVアニメ冬の時代だったこと、いのまたむつみの評価といった当時のアニメに関わる状況だけでなく、『私をスキーに連れてって』の説明など、作者の記憶をもとに、当時の文化史的なものを伝える意気込みが見て取れる。それはまさに『アオイホノオ』のような受け取られ方を意識したものだったに違いない。
ただその後、作者はそこに重きを置いていない、あるいは置けなかった。

2巻からはそういった描写ははっきりと薄れ、天才アニメ監督、不破明が大きく話を引っ掻き回していくことになる。当時のアニメ業界のトレンドなどを描くことはなく、また各話の終わりも、次回へのヒキを意識したような締め方になっていく。2巻を最初に買って読んだ時、その微妙な演出の違和感が気になり、今後の展開には不安があった。

そして3巻が出た時、帯には「完結」と書かれていた。
多少残念な気持ちと、まあ仕方ないよなという気持ちが入り混じった中で読んだ3巻は、なんだかやけに面白かった(こんな記事をあとで書くくらいに)。
おそらく連載終了の方針が出てきたであろう16話~17話以降。山口が独り立ちをして地道にキャリアを重ねていくくだりは、小気味よく数年単位で時間が飛びつつ話が展開していく。
ひとまずやることが決まれば、あとは仕事をしているだけで数年単位で時間が飛んでいく。それでも心の片隅では、学生時代からの友人のことを気にしている。そんな社会人的なリアリティとセンチメンタリズムが、素直に心に入ってきた。
最終回が葬式というのもいい。仕事に追われている社会人が普段会わない人間に会う機会なんて、冠婚葬祭しかないのだ。そして再会した山口と宇部との幸福なラストまでの流れは、何度でも読み返してしまう最高の終わり方だ。

結局のところ、ただただ日々やるべき仕事をし、作品を作り続ける。
それが、自分と世界がつながる唯一の方法でしかないのだということを、この作品は言ってくれているのかもしれない。
それこそ庵野秀明がびっくりするような正攻法で『シン・エヴァンゲリオン』をまとめ上げたように。

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*5
余談。この漫画に実際のアニメ監督は名前のみの登場でビジュアルが描かれることはないが、最終回の葬式のくだりで、実在の人物らしき顔が1コマだけ描かれている。おそらくは左から、押井守宮崎駿大塚康生富野由悠季。2018年の高畑勲の葬儀から、この最終回の描写を構想したのかもしれない。

で、実際の所、私の心に鶏肋として引っかかり続けているのは実はこの『バララッシュ』ではなく、同じ作者の『機動旅団八福神』という作品だ。
同作者の最長の連載であり、ブログを立ち上げる前からテーマとして考えて、改めてちゃんと読もうとしていた作品なのだが、またかなりの時間がかかると思う。
 

以上、読んでいただきありがとうございました。

*1:福島聡『バララッシュ』1巻 83頁 株式会社KADOKAWA ハルタコミックス 2018年

*2:福島聡『バララッシュ』3巻 134頁 株式会社KADOKAWA ハルタコミックス 2020年

*3:ただ、この連載の経緯は少し特殊で、作者の前作で短編オムニバスの『ローカルワンダーランド』のうちの1エピソードをベースに、新連載として立ち上がった。元になった話は、単行本1巻にそのまま「第3話」として収録されており、話はシームレスに繋がっている。なので、『ローカルワンダーランド』2巻と『バララッシュ』1巻にそれぞれ同じ32ページの漫画が載っている。

*4:福島聡『バララッシュ』1巻 203頁 株式会社KADOKAWA ハルタコミックス 2018年

*5:福島聡『バララッシュ』3巻 222頁 株式会社KADOKAWA ハルタコミックス 2020年